ずっとブログが書けませんでした
前回の記事が2021年の6月30日なので、昨年のこと。本日は7月29日なので13カ月の間、ブログが書けませんでした。その理由は「メンタルが弱っていたから」ということです。
メンタルが弱っていた…と書きましたが、そんなに激しい鬱ではなくではなく、色々と細かいことが重なってきて「やる気がしなくなった」というのが正しいのかもしれません。とにかく前向きに頑張ることができなくなってしまったのですね。その理由をひとつひとつ考えてみたいと思います。
加齢によるもの
なんだかんだと年齢を重ねていくことは、いろんな意味で限界を感じてしまいます。普段の生活でも忘れっぽくなったりとか、体力的にもアチコチ痛くなったり、動けなくなったりする。
これまで出来ていたことが出来なくなってしまうことは、本当に悲しい気持ちになります。それは単に加齢だけのせいではないのでしょうけど、これまで出来ていたことが出来なくなることを嘆く気持ちは、負のスパイラルを加速させていくのです。
それを乗り越えるには「やる気を出して頑張る」というのが一般的だと思うのですが、わたしの場合、やらなくてはならないことをドンドン先延ばしにしてしまう傾向があります。そして気が付くと、やらねばならないことが山積みで、そこから逃げるように自分の殻に閉じ篭っていたように思います。
ほんのちょっとした勇気と、日々の作業の積み重ねだと思うのですが、それがこれまでできなかった。
周囲の目が気になっていた
特にブログに関して言えば「周囲の目が気になっていた」ということが挙げられます。それは2020年のコロナ禍の頃から。「ウイルス対策特別措置法の会見で考えた」のあたりでしょうか。あの頃は「世の中なんかおかしい」と思い始めていて、それは今でも変わりません。
その考えは「パンデミックと陰謀論」あたりから、色々なことを調べるようになり、さらに2020年末の米国の大統領選挙では不正選挙のことで、自分の中で大きな不安が心の中を占め、自分自身も2021年の銀座の数寄屋橋で行われたトランプ応援デモに参加したりもしました(デモに参加して思ったこと 参照)
そして、このあたりから多くの友人・知人がぼくのことを陰謀論に狂っているアホだと思い始めていることがビンビン伝わってきて、そのあたりから自分自身の意見や考えを書くことが怖くなってきました。
その後、2021年からは6月にブログがストップ。8月にはフェイスブックからも距離を置きました。正直ブログにせよSNSにせよ森川眞行の意見を書くのが億劫になってしまったのです。それらが、やらなくてはならないことをドンドン先延ばしにしてしまった状態とリンクして、さらに憂鬱に拍車をかけたのが現実です。
では、なぜブログを再開するのか
実際にフェイスブックすら書く気が起こらなかったのに、どうして今回のブログ記事を書いたのか…ということなんですが…。
以前「ものわすれ」という記事を昨年(2021年)の6月16日に書きました。その内容は、「なんのためにブログを書いているのだろう」「誰のためにブログを書いているのだろう」という自問自答なんですね。
上項にて「周囲の目が気になっていた」ということを書き、自分自身の意見や考えを書くことが怖くなってきましたと告白しました。これも「なんのために、誰のためにブログを書いているのだろう」という自問自答と同じなんですね。
このブログは「誰かに読んでもらいたい」という気持ちが出発点なのですが、年月を重ねるうちに、過剰に「誰かがわたしのことを見ている」という気持ちばかりが大きくなっていったんですね。アホですね(笑)、自意識過剰です。
そこで、今回ブログを再開するにあたって、この気持ちの切替ができるようにいなったことが大きいです。つまり誰かに読んでもらうためのブログは書かない…と決めたのです。ならば何のためにブログを書くか? それは「自分のため」です。
もう誰かに読んでもらおうとは思わない。もっと言えば誰一人読んでくれなくても、わたしはわたし自身の成長と確認のためにブログを記録していこうと決めました。
そして、それは残り少ない人生の記録。いよいよ人生が終わるときに、このブログを時間をかけて、ゆっくり読破していきいたいと思っています。
というわけで、三度目の正直のブログ再開ですが、これからも宜しくお願いいたします。
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