個人歴史

躁鬱病を患った-1

帰路についている路上の上で、仕事上のお客さんからクレームの電話が入りました。実はそんなに思いクレームではなく、普通に謝罪すれば終わりそうな内容だったのですが、急に相手と話ている最中に、猛烈に息苦しくなり「すみません、あとから掛け直します」と電話を切り、自宅に戻ると、心臓がバクバクして呼吸が苦しい。そのまま玄関で倒れてしまったのです。

パーティ

入籍パーティ:シリコンカフェアゲイン!

僕たちは2017年に結婚しました。その記念というわけで2年前の7月29日に、浅草橋のコワーキングスペースを借りてパーティを行いました。タイトルは「シリコンカフェアゲイン!」その「シリコンカフェ」いうのは、僕と妻ののりこが2013年5月から2014年7月まで一緒に経営していた「ロックバー・シリコンカフェ」のことです。そのロックバーが閉店したのが7月29日でした。

旅行

徳島県「のどけや」と「三芳菊」

「うだつ」とは家の軒先にある屋根と屋根の間に作る、もうひとつの屋根のようなもので、元来は暴風。防火を目的にしていたらしいのですが、徐々に装飾的な意味合いが強くなり、裕福な家屋は「うだつ」をあげて家の繁栄を誇示していたそうです。それにくらべ、うだつをあげられない家を「うだつのあがらない」と呼び。いまでもぱっとしない人や家に対して、蔑むような言葉で生きていますね。

小説

日本ファンタジーノベル大賞

今年の寒い頃からずっと「小説」を書いていました。もともとは「小説を書く」なんて気持ちは毛頭なく、5年くらい前に書いた妄想を読み返してみると、それなりに面白かったので、それをある人に見せた。すると「面白いのでちゃんと仕上げてみては…」とアドバイスを貰ったので、調子に乗っただけのことなのである。

バンド

バンド歴史:その後

ほぼ30年ぶりに会う昔のバンド仲間に、元気をもらったものです。ハジメありがとう。さらに僕とハジメと文田君で「とりあえずバンドやりましょうよ」というハジメの提案で、3人で何回かスタジオで練習したこともあります(このバンドはその後、僕がロックバーをスタートさせたことや、ハジメが香港に移転して仕事を開始したことで、自然消滅してしまったのですが)

映画レビュー

キャデラック・レコード

当時のブルースが、ロックンロールの原点になっていることは間違いないだろうが、あまりにも当時のブルース話ばかりで、ちょっと退屈。途中でストーンズやエルビスが出てきたり、最後にレッド・ツェッペリンの名前が出てくるが、僕としては、こうしたロックへのつながりまでも描いて欲しかなったなあ…と思う。

日々の出来事

自分の葬式を考えてみる

「終活」という言葉がありますよね、人生の最後に向けて準備を整えること。自分が死んだら、財産のある人は相続をどうするか考えたり、どんな葬式を行うのかを考えること。僕もこの数年「終活」に興味を持っていて、それ専門のサイトを作って情報発信しようかと思っていたくらいです(僕にとって、このブログを再開させたのは、ある意味「終活」なんですけどね)。

ロック

サウンド&ヴィジョンのこと

「サウンド&ヴィジョン」というのは、その5年前、僕が大学時代に参加していたミニコミの名称です。大学時代のサウンド&ヴィジョンは、いわゆる「ロッキングオン」をお手本にしたミニコミで、当時日本中に同じような志で、ロック批評のような作文を書いたミニコミが溢れていましたが、誰もロッキングオンに様にはなれかなったと思います。

映画と読書

映画レビューを載せていきます

このブログでも僕の「映画レビュー」を掲載していこうと思います。というのも5年くらい前から趣味で、映画のレビューをEvernoteに書き溜めていて、最近までそれをすっかり忘れていたからです。

そこでせっかくブログを作ったことでもあるし、過去のレビューを交えつつ僕なりの独断と偏見のレビューを記録に残していこうと思います。その掲載カテゴリは「映画レビュー」としましたので、よろしくお願いします。

グラフィックデザイン

グラフィックデザイナーの頃

キツかった…というよりも、給料が安すぎ。朝9時から仕事を開始して、終わるのは終電近くの11時くらい。1日14時間。そして給料は7万5千円。たしか当時は土曜日も仕事があったと思うので、1ヶ月で350時間なので時給換算すると214円。いくら当時の物価が今よりも安いとはいえ時給214円って、最低のアルバイト以下ですやん。

私の仕事

大学卒業して就いた仕事

僕が在籍していた「美術学科」は、それこそ「潰しの効かない」学科でして、大学を卒業してまともな会社に就職した人間は、ほとんどいなかった(笑)。本当に美術(僕の場合は彫刻)に打ち込んでいた人間は、卒業しても作品を作りたいから大学に残ったり、アルバイトで食いつないで作品作りを続けている同級生も多かったです。

バンド

ライブバンド・エンゼルアワー

おかげさまで…というか、全力投入したからか、オーディションライブは合格で、これからバハマのハコバンとして毎月出演することが決まりました。さらに嬉しいことに、僕らを気に入ったバハマのオーナー(姉さん)が、通常バンドよりもチャージバックが100円高い「土日バンド」に指定してくれたのです。嬉しかったなあ…。

バンド

エンゼルアワーを結成した

「バンドやろうぜ」と言われて「おう!やろうぜ」と言ったものの、僕自身、中学時代にはフォークギターを持っていて、そこそこにギターは弾けますが、手元に楽器が何もなかったのです。「じゃ、今から楽器買いにいくか」ということになり、なんだかわけもわからないまま、その足で楽器屋に行き、進められるままにYAMAHAのCS30というシンセを買ったのです。